#5


 ぬるい水溶液から身を起こしたときには、自分が何者で何をすべきで、何番めなのかもわかっていた。
 ざぶ、ざぶ、と足を動かすごとに、脛のあたりまである重たい水が音をたてる。生まれたばかりの皮膚はつめたくぬめっているが、じきに通るへやで温風乾燥される。からだの表面は清潔にかわき、羊水を記憶しているうずくような湿りは眼球にしかみられない。
 わたしの虹彩は黒にちかい茶をしている。髪は黒だ。肌はごくうすい黄褐色。標準的なモンゴロイドの成人男性。自分のすがたを鏡で確認する必要はない。わたしはわたしで5番めだからだ。
 わたしが在るべきへやにたどりつくまで、だれにも会わなかった。わたしはベッドが4つならんださまをながめる。3人のわたしが、眠っていた。空いたベッドのうえには衣服が用意されているので、わたしはそれを着る。
 3人のわたしは、それぞれかなりちがっていた。いちばん奥のわたしは寝相がわるく気のせいか寝顔まで粗野だ。すぐとなりのわたしはゆるんだところのない姿勢で滑稽なくらい行儀よく眠っており、ふたりにはさまれたわたしの顔立ちにはあきらかに女性的なものがみられた。わたしたちはわたしのバリエーションのひとつであり、そこには性別もふくまれているのだということは、そのわたしをみてはじめて知った。
 なにかの器具がふれあう音がして、あけっぱなしのドアに目をむけるとまるいめがねをかけた白衣の少女がカートをおしてくるところだった。
「調子はどう?」
 少女の発音は歯切れがよく、まっすぐにわたしに届く。左耳の聴覚に問題があった。
「左の耳が、聴きづらいです」
 少女はひとつうなづいて、カートのまえにまわってわたしのそばにやってきた。手にチューブをもっている。
 処置はすぐにすんだ。
「おなかが空いてるでしょ?」
 カートのうえには皿がいくつか乗っている。わたしはてきとうに幾種類かをまぜあわせて、もそもそと口にはこんだ。カレーのような味がしたが、わたしはカレーを食べたことがない。
 彼女がへやの反対側に歩いていくのを目でおって、そこではじめて、ごくちいさなベッドが壁にぴったりとくっつけて置かれているのに気がついた。毛布のかたまりがくちゃくちゃにまるまっていると思ったら、それは手足の萎えたわたしなのだった。
 かんがえてみれば、あたりまえだ。わたしは、5番めなのだ。
 わたしは食事の手をやすめてわたしと少女をみつめた。
 わたしは赤子のようにちいさくしわくちゃで、少女が世話をしなければ生存も危ぶまれるようなありさまだった。
 あれは失敗作なのではないか。
 うかんできた疑問は、すぐに不安にとってかわった。
 失敗作などではない。
 あれが、いちばん最初のわたしなのだ。
 そしてわたしは、わたしの手足となるべく生みだされたはずだった。
 赤子のようにちいさくしわくちゃで、暗黒の目をした、得体のしれない、わたしの。


(2006/09/28) 映画「攻殻機動隊」の義体交換みたく